「架空の名目により謝金、旅費等を支出させ、これを別途に経理して目的外の用途に使用」していた事態を指摘した実績はある。しかし、会計検査院は、
情報提供者を保護するために、情報提供の有無を明らかにしないので、
会計検査院の不正経理指摘能力を対外的に説明しにくい立場にあるため、会計検査院の検査能力を対外的に示すことについては難しい面があり、国民の理解を得がたい結果となっていた。それでも、情報提供がなかったことを対外的に説明した事案は限られた例ではあるが存在している。その限られた例として、平成10年の「
架空の名目により謝金、旅費等を支出させ、これを別途に経理して目的外の用途に使用するなどしていたもの」(平成9年度決算検査報告掲記)の事案がある。この指摘は「2 検査の結果」で次のように述べており、まさに裏金を指摘した事例である。
上記の22府県において実施された文部省委嘱等事業について、事業の実施及び事業経費の経理処理の状況を検査した。
その結果、各府県の教育委員会等において、架空の名目により諸謝金支給調書、旅行命令書、旅費請求書、支出負担行為決議書等の関係書類を作成して、謝金を支払わないのに支払うこととしたり、出張の事実がないのに出張したこととしたりするなどし、これにより謝金、旅費等を出納部局に不正に支出させていたものがあった。このように不正に支出させたものの支出負担行為決議の件数及び不正支出額は、計3,962件、299,607,879円である。
そして、上記22府県の教育委員会等では、これらの不正支出額のうち、謝金等に係る源泉所得税相当額等を控除した285,703,395円を、預金利息その他の保有金10,490,808円と合わせて別途に経理していた。その使途について、各府県教育委員会等が保管していた領収証書その他の関係資料等により調査したところ、計245,676,677円を、文部省委嘱等事業の実施とは直接関係のない物品購入費、職員夜食代、慶弔費等に使用するなどし、残りの50,517,526円を現金又は銀行預金で保有していた。
……
この事案に関連して提起された訴訟の判決(
H13.12.14 仙台高等裁判所 平成13年(行コ)第8号 文書開示拒否処分取消請求控訴)が引用する原判決では、会計検査のノウハウについて「2 本件検査手法について」で次のように述べている。
国の予算の執行に関して行われる不正経理のうち,組織的かつ全国的な規模で,長年慣行的に行われているものは,外部からの指摘による発覚を免れ得るよう巧妙な隠蔽工作が施されている場合が少なくなく,会計検査院の検査に対する受検庁の抵抗も悪質で巧妙な形をとる。会計検査院の調査官は,それをかいくぐるようにして検査の端緒をつかみ,真相を解明していくが,その過程で駆使される検査の着眼点,検査手法,分析方法等(本件検査手法)は,会計検査院の特別なノウハウとして蓄積されてきたものであり,新たな不正経理の解明に当たっても,過去の同種事例において採用された手法を参考にして,当該事例に適合するように更に改良,工夫された検査手法が生み出されている。
そして,組織的な不正経理の事態を指摘する上で最も重要なことは,不正に行われていた経理操作に関する事実認定であり,より具体的には,関係者から不正な経理操作を行われたこと及びその具体的方法について十分事情を聴取してそれを証拠化し,それを裏付ける書面証拠,特に隠蔽工作により細工のされていない書類を多方面から収集することにより,不正経理に係る事実関係を確定させることである。そして,強制捜査の権限を背景としていない会計検査院の検査にとっては,本件検査手法が極めて重要であり,これが外部に漏れる事態となれば,不正経理を行う者に対し,会計検査院がどのような書類に着目するかを知り,どの範囲でつじつま合わせを行えばよいかを考える糸口を与えることになり,更に周到な隠蔽工作がされる事態を招くことになる。
そして、「4 本件公文書の内容等」として次のように述べている。
(六) 原告は,会計検査院の行う検査に通常の会計監査と異なる特別なノウハウがあるとは考えられない旨主張するが,国等の機関の会計検査を専門的に行う調査官として,本来あってはならない不正経理がこれまで組織的に行われた例が多々あり,その解明等のために本件検査手法を含め多くの工夫が行われてきたことを述べる証人Bの証言(乙八,九を含む。)は,十分信用できるものであり,事柄の性質上,本件検査手法の内容を詳しく証言していないことをもって,右証言を信用することができないということはできないから,原告の右主張は採用することができない。
また、国会の委員長から「不正経理の有無を十分に念頭に置いた会計検査を実施」するよう要請を受け、不正経理の事態を発掘したこともある。
平成16年11月16日に開かれた参議院厚生労働委員会において参議院厚生労働委員長と会計検査院第2局長との間で次のような遣り取りがあった。
○委員長(岸宏一君) この際、委員長から申し上げます。
去る四日の委員会における質疑の中で、辻泰弘君より、広島及び兵庫労働局の不正経理事件に関連し、会計検査院に対し、全国の労働局を対象とする会計検査の実施及びその結果の報告を求めるべきとの要望がありました。
本件に関しましては、理事会における協議を経たところでありますが、改めて委員長といたしまして、会計検査院に対し、全国の労働局を対象として、不正経理の有無を十分に念頭に置いた会計検査を実施し、その結果を本委員会に速やかに報告するよう要請いたします。
なお、しかるべき時期において、当該検査の実施状況について中間報告をするよう、併せて要請いたします。
この際、会計検査院増田第二局長から発言を求められておりますので、これを許します。増田第二局長。
○説明員(増田峯明君) ただいまの御要請に対しましてお答えいたします。
本院といたしましても、今回のような労働局における不正経理の事案については重大な関心を持っているところであります。したがいまして、今後の労働局に対する検査においては、そのような不正経理がないかどうか十分念頭に置いて検査することとしたいと考えております。
なお、平成十七年度末を目途に全労働局に対する検査を実施することとし、来年の通常国会中に検査の状況についての中間的な御説明をすることとしたいと考えております。
そして、
17年7月19日の同委員会において厚生労働委員長と第2局長との間で次のように遣り取りがあった。
○委員長(岸宏一君) 次に、都道府県労働局に対する会計検査の状況につきまして、会計検査院から報告を聴取いたします。増田会計検査院事務総局第二局長。
○説明員(増田峯明君) それでは、昨年十一月の当委員会における委員長の私ども会計検査院に対する御発言を受けて、昨年十二月から実施してきております労働局における不正経理の有無を念頭に置いた検査のこれまでの実施状況について御説明いたします。
配付させていただきました資料一ページの冒頭にありますように、本年六月末までに二十一の労働局について実地検査を行っております。これに要した検査人日数は、第二パラグラフにありますように四百十八人日となっておりまして、一労働局を三名から五名程度で検査しております。
検査の対象としておりますのは、表にありますとおり、物品の購入などに充てられた庁費等、相談員など非常勤職員の人件費に当たる謝金や職員の旅費など、それから、これは昨年問題となった広島労働局の事例を念頭に置いているわけですが、各都道府県の雇用安定・創出対策協議会等に対する委託費であります。
二ページをお願いいたします。
これらの支出項目について検査をする際、どういった点に注意をしているかということでございます。物品の購入等につきましては、アにありますように、契約等の会計処理が法令等に基づいて適正に行われているか、架空や水増しの購入はないか。また、謝金、旅費等については、イにありますように、空雇用や空出張といったものがないか。そして、委託費につきましては、ウにありますように、事務費が委託事業の目的外に使われているものはないかといった点に注意をして検査を行っているところでございます。
三ページをお願いいたします。
今後の検査予定と検査結果の処理方針ですが、これまでに実地検査を実施いたしました労働局につきましては、その後も資料の追加収集をするなど、引き続き検査を実施しております。また、残りの労働局につきましては、昨年の委員長の御発言に対してお答えいたしましたように、来年三月末までにはすべての労働局について実地検査を終えたいと考えております。
検査の結果、不適切な経理が判明した場合には、手法、組織的関与の有無、別途に経理された資金の有無、その資金の使途などの把握に努めることとしております。
以上で御説明を終わります。
この検査の状況は17年11月に作成した
平成16年度決算検査報告で「
都道府県労働局の会計経理の状況について」として、例えば、その「4」「(2)」「ア」「(ア)」「b」では次のような事態を報告している。
架空取引を行い当該支出金を業者に預け、これを利用して必要な物品を納入させているなど不適切な会計処理により支出しているものが、25労働局すべてにおいて見受けられた。そして、これらの不適切な会計処理による支出は、表5のとおり、計4,308件、17億8917万余円となっている。
そして翌年の
平成17年度決算検査報告では「
都道府県労働局の会計経理の状況について」として報告しているが、その「4 本院の所見」は「全国47労働局の会計経理について検査した結果、前記のとおり、25労働局において、庁費、謝金、旅費等を不正に支出するなどしており、そのうち16労働局では、不正支出等によりねん出した資金を
会計法令の枠外において別途に経理するなどしていた。」という書き出しで始まっている。
また、20年10月には愛知県が補助事業の事務費について不適正な会計経理処理について会計検査院の検査を受けていることが
大きく報じられた。この検査の状況について、会計検査院は同年11月の
平成19年度決算検査報告の「特定検査対象に関する検査対象」の節に「
都道府県等における国庫補助事業に係る事務費等の経理等の状況について」の項目を設けて報告している。その締めは次のとおりであり、内部通報によることなく計画的に検査した結果であることを明らかにしている。
4 本院の所見
(1) 検査の状況の概要
一部の府県において、長年にわたり不適正な経理処理による資金のねん出が行われていた事態が明らかになったことを受けて、本院は、昨年次の検査において、自ら内部調査を行い不適正経理があったことを明らかにしている府県を対象として、不適正経理と国庫補助金等との関連について検査した。そして、その検査の結果及び地方公共団体における予算執行の透明性が一層強く求められている昨今の状況を踏まえて、本年次は、
内部調査を実施していない道県も含めて、引き続き、都道府県等における国庫補助事業に係る事務費等の経理の状況等について検査したところ、次のような事態が見受けられた。
〔1〕農林水産省及び国土交通省所管の国庫補助事務費等が支出される科目から支払われた需用費、賃金及び旅費については、検査した12道府県すべてにおいて、検査対象とした直近の年度まで、虚偽の内容の関係書類を作成するなど不適正な経理処理を行って需用費を支払ったり、補助の対象とならない用途に賃金又は旅費を支払ったりしている遺憾な事態が判明した。
〔2〕また、3県市が自ら行った内部調査により明らかとされた不適正経理については、その対象となった公金の中に国庫補助金等が含まれていた。
そして、このような事態が長期にわたって行われてきた原因としては、道府県等において、会計経理の業務に携わる者の会計法令等の遵守及び公金の取扱いの重要性に対する認識が欠如していたことなどとともに、物品の購入等に係る会計事務手続について内部牽制がほとんど機能していなかったことも原因と考えられる。
道府県等における前記の各事態は、会計法令に抵触した不適正な経理処理が行われていたというだけでなく、地方公共団体における会計事務手続について内部牽制が有効に機能していないことを示すものであり、ひいては公金の使用に対する国民の信頼を損なう事態であると考えられる。
(2) 所見
ついては、道府県市及び関係省庁において、以下のような措置を講ずるとともに、国庫補助事業に係る事務費等が、国民の税金その他の貴重な財源でまかなわれるものであることに留意して、これが交付されている都道府県等の会計経理の適正化及び規律の確保に努めるなど、その透明性の向上を図ることが重要である。
ア 前記の事態が明らかとなった各道府県市においては、不適正な事態に係る国庫補助金等相当額について速やかに返還等の所要の措置を執るとともに、今回の本院の検査により明らかとなった事態を重く受け止めて、予算執行の適正化、会計事務手続に係る内部牽制機能の充実強化を図るなどの再発防止策を推進すること
イ 国庫補助金等を交付している関係省庁においては、不適正な事態の対象となった国庫補助金等相当額について速やかに返還の措置等を執るとともに、都道府県等に対して、国庫補助事業に係る事務費等の経理の適正化について引き続き指導の徹底を図ること
また、財政当局においても、引き続き、補助金等に係る予算執行の適正化に留意することが望まれる。
本院は、国庫補助事務費等の経理について、本年、会計実地検査を実施したすべての道府県において不適正な会計経理が行われていたことを踏まえて、その他の県等についても既に検査に着手しており、引き続き会計実地検査を順次実施していくこととする。
この問題が大きく取り上げられ、国民の関心が高まったこともあって、会計検査院は、
平成20年度決算検査報告の「国民の関心の高い事項等に関する検査状況」の節(平成19年度決算検査報告に新設)に、「不適正な会計経理に関するもの」という項目を設けて次のように報告している。
ア 不適正な会計経理に関するもの
不適正な会計経理については、近年、一部の地方公共団体における不適正な経理処理による資金のねん出が行われていた事態が明らかになり、国会、報道等で取り上げられるなど、公金に係る会計経理について社会的関心が高まっている。そして、平成21年6月に参議院決算委員会が行った「平成19年度決算審査措置要求決議」(以下「審査措置要求決議」という。)においても、政府に対して地方自治体の会計経理の適正化について、指導・助言の徹底を図るべきであるなどとされている。
本院は、合規性等の観点から国の機関や都道府県等における庁費等の会計経理が法令等に基づき適正に行われているかなどに着眼して検査を実施している。
上記に関する21年次の検査結果としては、次のような事項を検査報告に掲記した。
そして、以下、14項目を記載している。
また、3年間にわたった都道府県補助事業の事務費の検査については、会計検査院は22年12月に会計検査院法第30条の2の規定に基づいて国会及び内閣に対して報告しており、その所見として
次のように記している。
ついては、65都道府県市において、今回の国庫補助事務費等の不適正な経理処理等の再発を防止するため、職員に対する基本的な会計法令等の遵守に関する研修指導の徹底、契約及び検収事務の厳格化、予算の計画的な執行の励行、会計事務手続における職務の分担による相互けん制機能の強化等を推進するとともにその執行状況を適切に把握することが重要である。
会計監査については、物品の納入業者の協力を得て、聞き取りを行ったり、帳簿を取り寄せて納入物品、納入日付等の突き合わせを行ったりするなどの手法を採り入れた監査の実施を検討することが望まれる。また、内部監査、監査委員監査、外部監査が連携を図り、会計機関における内部統制が十分機能しているかについて継続的に監視評価を行うとともに、不適正な経理処理に係る再発防止策が有効に機能しているかなどについても検証を行うなどし、もって会計監査の強化・充実を図ることが望まれる。